’03年1月
「旗艦戻らず(びっとまんレポート)」
Edited by Mにゃん
☆プロローグ
午前6時00分。
いつもより少し早めの起床時間だが、目覚まし時計に叩き起こされることなく自然と目が醒めてしまった。
前日に買っておいたサンドイッチは夜の間にすっかり冷えてしまっていたが、熱いコーヒーと一緒に流し込んでしまった。
身支度を整えて部屋を出ると、まっすぐ愛機のもとへと向かい、そこから表通りまで押し出してからイグニッションキーをONにする。
幾分危なげに周り始めたセルモーターに続いて、エンジンに火が入り、暖気運転の後にそろりと走り始めた。
そろそろ目覚めはじめて胎動を始めた都内を抜け、環状八号線と交差する用賀I.Cから本線上に上がれば、そこはもう東名高速自動車道だ。
前方には同じ方向を目指して走り始めている車がまばらにあるだけで、頭上の空の色のように寂しささえ感じさせてしまうものの、快調に咆哮を続けるエンジンに気分は高まる一方だった。
しかし眼下の路面は凍結防止剤でうっすらとうす化粧を施されたように膜を張り、いつもならタイヤからひしひしと伝わってくるグリップ感もどこか希薄な感じさえ与えている。
ましてそれがあの悪夢へと続いている道であるだけに、この時の愛機の咆哮ぶりは遠ざかる大東京に別れを告げていたのかもしれない。
☆第一章 『幕は上がりぬ』
灰色の空に、水墨画のような涼感を漂わせて浮遊している雲の下では、地面を暖めてくれるはずの日光も遮られ、実際の気温より更に低いとさえ感じてしまう。
シーズンともならば、行楽地へ向かうファミリーカーや、大型バス、そして我等と同じくツーリングへと出向く多くのバイクでごった返しているここ海老名S.Aも、この曇天のためか、人影もまばらにあるだけだった。
その片隅に陣取るように数台のバイクが並んでいる。
時には30台を越えるほどにまで膨張した隊列を組んだ「くらげの定例ツーリング」だったが、この寒さの為か、或いは○○の為か、この日ここにバイクを並べたのは僅かに8人。
[あっち]さん、[冬緒]くん、[みなづき]さん、[ぴらっち]、[そーま]さん、[ヨッシー]さん(到着順)、そして[ばたやん]は、何かが起こる事を期待してか、顔を斑模様に染めながらも見送り・・・それが本当の意味での見送りになるとは思いもしなかったであろうが・・・に現れていた([TAKA]さんは先の中井P.Aからの出発となっている)。
それに、[殿]不在のため、急遽隊長代理を任された私[びっとまん]を加えたメンバーで、厳かなる出発を迎えたのが・・・。
かくして絵に描いたような悲劇の幕は切って落とされたのである。
*
この時期、ツーリングに行ける場所は極限られてしまう。そもそも、こんな寒い時にバイクに乗ることこそ異常なのかもしれないが、そんな理屈はさておいて、いつもなら各々のペースで疾駆するSS(スペシャル・ステージ=フリー走行)も、路面温度だけでなく、体感温度の低さと相まって、千鳥編隊を組んでの巡航となった。
天気がよければ眼前に例えようの無い美しさを広げているはずの富士山も、低く垂れこめた雲に覆われ、僅かにその脚線美を除かせているだけである。
そして駒門P.Aに到着、先着の[TAKA]さんと合流を果たす。
TAKA号
箱根を越えれば幾分気温も上がると予想していたのだが、駐車スペースにバイクを止めるや、すぐさまトイレに駆け込むところを見る限り、逆に気温は下がっているのかと思うほどだった。
ホッとして、思いのほかスッキリした顔で改めてルートを検討していた矢先・・・
「びっとまん!開いてる、いや壊れてるよ!!」
そう指摘されて視線を落とした私は、自分の目を疑った。
「皮パンのファスナー壊門!それも度派手に。」
防寒対策としていつもより多く重ね着をしてしまったことが災いしてしまったのだろう。その圧力に耐えかねてファスナーが悲鳴をあげて裂けてしまっていたのだ。
まさか、P.Aのベンチで皮パンを脱ぐ羽目になろうとは誰が予想しようか。
メンバーを垣代わりに、半分涙目ながらに応急修理を無事に済ませたものの、その後は否応ナシに視線がそこへ向かってしまうのは仕方の無いことだろう。
しかし、この珍事はまだ、ほんの始まりにすぎなかった。
☆第二章 『輪廻転生』
沼津を過ぎて現れた「日本平P.A」。そこをあっさり通過した私の後方ではミラー越しにもはっきりと動揺するメンバーが居た。
出発前に告げたのは「日本坂P.A」。確かに1字違いの間違えやすいP.Aではあったのだが、彼らの動揺の理由は他にあったらしい。
「Natur calls me・・・。(直役:自然が呼んでいる・・・。)」
賢い読者ならもうお判りだろう。彼らは一様に「決壊寸前」だったらしく、バイクを止め、エンジンをカットするが早いかトイレに小走りで入っていく。
その諸動のあまりの速さに、思わず「早送り」でVTRを見ているのかと思った程だったが、本人達はそれほど必至だったということだ。
「先頭は行き過ぎる=「殿の通過の法則」だな(注:厚木評定)」と[そーま]さんはその車上でほくそ笑んで居たらしいが、彼もまた後にそれを自身、身をもって体験させられることになろうとはこの時は思いもしなかったであろう。
と、ふと気付いた不在着信、ご丁寧にもメッセージまで残されている。しかしそれはあまりにも聞き取り難く、他のメンバーにも聞いてもらうが声の主が判らない。
場所が場所だけに「お犬様降臨か?」との声もあったが、確認のためリダイヤルしてみると、なんとその声の主は[若様?]だった。
昨年こちら(静岡)方面へ引越しされて、なにかと疎遠になってしまっていたところへ、寒風の中好き好んで走り寄って来る我等と、是非とも合流したいとのことだ。
これからの大まかなルートを告げはしたものの、邂逅点すら打ち合わせずに、それは成り行きに任せて臨機応変にと出発したのだったが。。。
*
SS(サービスステーション)のないP.Aを休憩ポイントに選んだことがそもそも謝りだったのかもしれない。現に自身のガソリンも底をつきかけており、ともすれば「ガス欠キングの称号(殿の所以)」さえも奉られそうな危険さえあったほどだ。それは今回最小排気量車を駆る[冬緒]くんも同様だったのだが。
止む無く「超燃費走行」を強いられ、あらかじめそれを告げていただけにすぐ後方の[ぴらっち]はその絵に描いたような走行に苦笑していたらしい。
焼津I.Cで料金を支払い、アイドリング時の燃料消費をも惜しんでエンジンをカット。全員の料金所通過を確認して、出発すべくセルモーターに指をかけると、
「きゅるるる・るる・・る・・・る・・・・。。。。」
湧き上がる一同からの万歳コール、そして雄叫び。
自宅出発時にも同様の症状がありはした。しかしその後の海老名、駒門出発時は何の異常もなかったが故に、何故ここでと訝しく思う。繰り返されるエンジンカットが災いしたのか、それともこの寒さでバッテリーが弱ってしまったためなのか。
原因はともかくも、“あれ”をやらないわけには行かない。
「ダッダッダッダッ・・・ブオーン!」・・・・10点・10点・10点・10点・9点。
周囲の審査員も納得の会心の押しガケで息を吹き返すエンジンにとりあえず安堵し、最寄のGS(ガソリンスタンド)を目指した。
ご満悦のクマと疲れ果てた冬緒(笑)
*
案の定、ガソリンタンクは殆ど空の状態だった。しこたまガソリンを詰め込んで、恐る恐るセルモーターに指をかける。
「きゅるるるる・・・ブオーン!」
先ほどのアレは何だったのかと思わせるほどあっさりエンジンに火が入る。そして“全員の給油を確認して”再び走り始める。
しかし、先の交差点に差し掛かった時、後方から近づいて来た[あっち]さんから[そーま]さんの未発を告げられると、
「先頭は誰かを置き去りにする=殿の放置の法則」はやはり正しいのかと苦笑いした。
「通過・迷走・ガス欠、そして放置」
決してそれが作為的では無いだけに、この法則は厄介なのかもしれない。
そしてその[そーま]さんの到着を待って改めて出発。信号待ちしていた数台の車の列をすり抜けしていると、訝しく我等を車内から見つめるするどい目。
てっきりすり抜けを拒むドライバーだと思っていた。しかし、それがなんとあの[若様?]だったと[TAKA]さんから告げられ、驚き混じりにバイパス料金所出口で彼を待つが、一向に彼は現れない。或いは「人違い」かそれとも最後尾の[ヨッシー]さんに睨みつけられて退散してしまったのだろうと、勝手に結論付けて再出発しようとしたのだが・・・。
「きゅるるる・るる・・る・・・。。。。」
かつて[あっち]さんが体験したあの時の記憶が次々に蘇る。
「ダッダッダッダッ・・ブオ・・・ダダッ・・ブオーン!」
これは決して“あの悪魔”の夢の再現などはない、現実なんだど息咳き切って押す!♂、押忍!!。
やはり歴史は繰り返されるものなのか。
☆第三章 『岐路』
走行中にいきなりエンストするほど怖いものはない。
始めはメーター類が全てダウンしただけだった。エンジンをカットして惰性で再びエンジンに火を入れると息を吹き返すメーター類。しかし次の料金所手前で再びダウンし、挙句、アイドリング中にエンジンもストップしてしまうほどになってしまった。
[ぴらっち]に援助してもらい、この日果たして何度目かの押しガケのスタート。明らかにかかりの悪くなってきていることに動揺してしまったのだろうか。昨今のバイクは安全策としてクラッチが繋がったままの状態でスタンドをかけるとエンジンが自動的にカットされてしまうという、極初歩的なことすらも脳裏からすっ飛んでしまっていた。
再び押しガケ。もうこなれば、先頭どころの騒ぎではない。自ら先導を買って出てくれた[ぴらっち]を先頭に、[あっち]さん、[ヨッシー]さんに護られて走りだしたものの、日頃、護衛艦(官)を自称しているだけにその道中のなんと無念極まりないことか。
しかし、赤信号で停止と同時に再びエンジンストップ、緊急的に路肩にバイクを寄せる。やはりこれ以上の続行は不可能と判断、無念の棄権表明し、単独帰路につくことを皆に告げた。
果たして、残る皆も続行か否か悩んでいると「みんなで帰りましょう!」と[みなづき]さんの暖かいお言葉に後押しされたのか、全員快く快諾。
ともかくも、応急的に[あっち]機からバッテリーを移植し、当面の走行に耐えうる状態になりはしたのだが、空のバッテリーを装着した一方の[あっち]機は、もちろん、
「ダッダッダッダッ・・ダダッ・・・プスッ!(お約束)」
「ダッダッダッダッ・・・ブオーン!」
押しガケ隊隊長(ヘッド)とその隊員の美しくも儚い演技に
「なんであんなに嬉しそうなんだろ?!」
かくも語った[みなづき]さんの言葉は永遠に語り告がれることになる。(⇒〔業務連絡〕画像をくれぃ>冬緒!byMにゃん)
*
そこから程ないところにあった食事処で遅めの昼食を済ませ、袋井I.Cから一路東を目指す。
がっくり肩を落とすクマ(涙)
途中、某P.Aで網を張っていたPCの存在に気付き、スローダウン。そのあまりにもわざとらしい?走りに苦虫を潰したような顔をして追い抜いていく高機隊員を横目に、このPCの出現を知らず流れをリードして先行している[ぴらっち]達のことを心配する。
辛うじてこのPCに気付き、走行車線へ車線変更後これを交したものの、何事かを拡声器でのたまわれ、挙句その先で1台の車が「覆面さま」に検挙されているのを見るに及び、以後は教本のような安全走行を続けたらしい。
わざとらしい走りを続けた後続も、周囲の安全を確認して、先行する[ぴらっち]、[冬緒]くん、[みなづき]さん、[そーま]さんに追いつき再び千鳥巡航を続ける。
とその時、前方を走る[そーま]さんのバイクからキラリと光る何かが落ちた。いや、舞い上がったと言う方が正確だろうか。その大きさから「通行券」かとも思ったが、いくらなんでもバイクを止めて確認・取りに行くことなど出来様はずもない。
結果的にそれは「ハイカ(ハイウェーカード)」であったのだが、働くお父さんのお小遣い財政には、それはあまりにも大きい痛手なのだろう、暫く呆然自失していたらしいが・・・。
後に「バート殺人事件」と語られる[そーま]さんの復習劇はここに始まるのであった。
☆最終章 『旗艦戻らず』
先の押しガケが決定打となったのか、応急修理した皮パンのファスナーはもはや完全に体をなさなくなっていた。
この先更に気温は下がる一方なのに、「全開モード」で寒風の中を走ることがどれほど辛いことか、男性諸氏ならずとも容易に想像出来るであろう。
それが幾ら抜群のウィンドプロテクションを誇る我が愛機に跨った状態であっても、やはり「全開」では寒い・・・と言うより「冷たい!」と表現するほうが的確かもしれない。
そんな過酷な寒さに打ち震えながら解散ポイント中井P.Aに到着すると、朝の日本坂P.Aで皆を笑っていた自分自身が同じ様にトイレに駆け込む羽目になっていた。
日は雲に覆われ、その場所を認識することは出来ないが、間違いなく没しようとしている。
・・・そして解散。
今回は自身のトラブルのために、満足なツーリングにならなかったことを改めて皆に詫び、「帰宅するまで安全に!」と告げて解散の挨拶とした。
そして、[あっち]機に幾分充電してもらったバッテリーを再移植。
自宅まで走るにはガソリン残量に幾分の不安を抱えるものの、エンジンのかかりもすこぶるよく、ヘッドライトの光量も十分であったため、これならばと安心して、帰路についた。
そして、ここから本当の悪夢が始まる。
*
厚木I.Cから先の渋滞は毎度のことだったが、この時ほどそれを恨めしく思ったことはない。
中井I.Cで[あっち]さんに別れを告げると、とにもかくにも先を急いだ。しかし、渋滞の列を突き抜けていくことなど出来様はずもなく、こちらの存在を明らかにした走り・・・つまりエンジンの回転を上げての走行で車の列をそこそこに抜けていく。
ようやく「車の列から抜け出せた!」と思った矢先、ヘッドライトの光量が明らかに弱くなっているのに気付き、バッテリー節約のため、ヘッドライトをスモールランプへと切り替えた。
アクセルを開けて更に先を急ぎたいが、ガソリン残量も心もとない状態である。走行可能時間(バッテリー残量)と燃料消費(わずかなガソリン残量)との狭間で葛藤していたところに、今度はメーター類が全てダウンしてしまった。
このまま止まってしまうのは永遠の終わりをも予感させ、ましてそこが引き上げ等諸々後のことが厄介な高速道の上だけに、危険は承知の上で灯火類を全てカット、街燈沿いに愛機を進める。
料金所を通過(勿論きっちり料金精算した)、最後の望みをつないで愛機を走らせるが、点火タイミングまでもがばらつき始めると、正直終わりを覚悟した。
海老名S.A辺りで点灯していた燃料警告等も消失し、オドメーターすら動かなくなった状態で果たして後どれ位走れるのか、そんなことすら知るよしも無い状態に一層の不安が増す。
そしてようやく東京I.Cランプウェイに侵入、(この時後方から追いついた[ぴらっち]に別れの手を上げるのに精一杯だった)ホッと安堵する間もなく出口の赤信号で停止。それを待っていたかのようにエンジンも沈黙してしまった。
止む無くそこから反対車線側にある「バーガーショップM」の駐車場まで愛機を押して渡るが、高速道への侵入に向けて加速していく対抗車の流れを「渡河」した時には生きた心地はしなかった。
☆エピローグ
最後の1本になってしまったタバコに火を付けた。
行きつけのショップに引き上げを要請してから1時間。完全に沈黙してしまったままの愛機の側で、「ハンバーガーショップ」から出てきた家族やカップルを果たして何組見送っただろう。
それと同じように、今朝と同じあのエキゾーストノートを奏で、今すぐにでもここから立ち去ることが出来るのではないかと何度思ったことか。
そのタバコの火も消えた頃、ようやくショップのトラックが到着、無言のまま荷台に載せられた愛機とともに、その助手席に便乗して沈鬱な面持ちで帰途についた。
数少ない会話こそ交されるも、決して盛り上がることの無い車内。
と、とある交差点に差し掛かり、赤信号で停止、前には1台のライトバンが停車していた。
信号は青へと変わり・・・が、しかし目の前のバンは一向に動こうとしない。
シビレを切らした(引き上げに来てくれた)店員さんは、クラクションを2度鳴らしたが、それでもピクリとも動こうとしない。
「寝ているのか?まさかな・・・。」
3度目のクラクションを鳴らそうかと思ったとき、バンのドアが開き、中から“○走系”の強面のにぃちゃん達が、一人、また一人と、なんと4人も出て来たのである。
それを見た店員さんには薄暗い中にもオドオドする表情が浮かび、車線を変更して交そうかと思ったらしいが、後方から次々に追い越して行く車にそれもままならないようだ。
「そんな気分やないのに・・・」。気持ちとは裏腹に身構えたその時、
ぺこっ!!
「ん?」
頭を下げてみんなでそのバンを押して行ったのだった。
それまで沈鬱だった車内が明るくなったのは言うまでもない。
了
☆参加者一覧(順不同)
あっちさん(CBR1100XX)
ぴらっち(YZF−R1)
TAKAさん(ZXR1200)
ヨッシーさん(ZX12R)
そーまさん(VX800)
みなづきさん(XJR1200)
冬緒くん(CB400SF)
ばたやん(HAYABUSA)
びっとまん(CBR1100XX)